「似合う」を論じる 〜目に飛び込んで来た「美」を、直にキャッチして欲しい〜

「似合う」のには訳があるのか、と問われれば、答えは「あります亅です。しかし「似合う」を見つけてそれを論じることは、とてもスキルを要することなのだと最近つくづく感じます。

「この色はあなたに似合います」と言えることと、「あなたはこんな特徴を持った色が似合います」と言えること。この2つは同じスキルではありません。前者は、ある色を顔に当ててその色が似合うという素直な感覚、感性からくるものです。これは、その人の持ち合わせた審美眼ですね。一方後者は、色彩理論を理解した上でまとめる力です。

「似合う」色の提案をする仕事には、この2つのスキルが両方とも必要です。私は長年この仕事をしてきて、コンサルタント養成講座も数多く経験してきましたが、自分が今どちらのスキルが足りないのかを考えながら、バランスよく勉強することがとても大切だと思います。似合う色はわかってもそれをまとめる力がないという場合もありますし、逆に、「その人に似合う色のリスト」があればそこから「似合う色の特徴」を整理することはできるが、「その人」に「その色」が似合うのかどうかがよくわからない、というケースもあります。

「まとめる力」は、訓練すれば必ずつけることができます。しかし、「その人」に「その色」が似合うのかどうかがよくわからない、という場合は、なかなか難しいのです。見たものをそのまま「美しい亅と思うのが、なかなか簡単にいかないことがよくあるのです。「この人はこんな感じの方」「この色が似合いそう」といった決めつけが審美眼を鈍らせます。そしてまた他の角度から言えば、「この色は顔をこのように見せる色だ」という知識ばかりを意識していると、大切な審美眼は置き去りになってしまいます。

例えば配色ドレープを顔の下にあててみるとします。診断者の目にはまず何を感じるでしょうか。顔と調和の取れた配色ドレープを見た時は、「綺麗!」「垢抜ける」「爽やか」「カッコいい」など、称賛の言葉がつい出てしまうものです。この素直な感性が実はとても大事になります。逆に調和感が取れない配色ドレープは、「寂しい」「老けて見える」「ドレープだけが目立つ」「強すぎる」「弱すぎる」などと感じるものです。

「配色ドレープをあてた顔」という対象を見ると、まずは目に入ったものから「印象」が導き出されます。いくつもの対象を見れば、それぞれに対応するいくつもの「印象」が得られますね。ここまでは感性の仕事と言っていいでしょう。それら「印象」を拾い集め、今度はそれを客観的に分析して、整理する作業に入ります。これは知識や理論を用いた作業です。この過程を経て「この方はこういう要素で美しくなる」という発見が得られ、具体的な提案に入ることができるのです。

その色がその人にとって良いか良くないかの評価は、まず始めにしなければならないことです。(※) 良いか良くないかの評価をした上で、その評価の根底に何があるのかを探っていくわけです。評価をし、その評価の訳を探り、ということを行きつ戻りつ繰り返しながら、「似合う」の条件を見つけ、わかりやすい言葉で整理してお客様にお伝えする。これがこの仕事で求められることです。
※ もちろん、良いとも良くないとも言えない、という評価もありえますし、その時点での評価とあとから見たときの評価が異なる場合もあります。感性は機械のように常に同じ結果を出すものではないからです。その揺らぎを理解し、上手に扱うことも大切です。

理論や理性を先行させると、せっかくの感性は石のように固まってしまいます。人は、その人の持ち合わせた全ての感覚でいろいろなことを柔軟に感じ取り、美しいものを選ぶことが出来る動物だと思います。感性がキャッチした大切なことを、理性で別の情報に置き換えながら、美の輪郭を明確にして伝えることこそが、私達色を扱う人間のスキルなのだと思います。

と、言うことは、感性を繰り返し磨くこと。色の知識を深めること。この双方が必要になってくるということです。ひとくちに「感性を磨く」と言っても、何をどうすれば感性が磨かれるのか、決まった答えはありませんよね。そういう意味から言うと、人に「似合う」を提案する技能は、一筋縄ではいかないものです。

人に「似合う」を提案するプロを指導育成して思うことは、ひとつには美味しいものを食べたり、好きな香りに包まれたり、素敵だと思う空間に身を置いたり、私達の持っている五感をたくさん刺激して、その精度を高めるような体験を積むことがいちばん手っ取り早い解決方法なのではないかということです。もうひとつは、固定観念を捨てて素直な気持ちを持つことです。そして色彩の基本的な理論をよく理解して、整理整頓しながらわかりやすくまとめる力がまた加わり、完璧なコンサルタントとなっていくのだと思います。

これらの技術をマスターすべく研鑽される方々へのお手伝いは、30年続けていてもまだまだ手探りの部分がたくさんあります。コンサルタント達と共に、更なる研究や進化が必要だと感じるこの頃です。